カテゴリ:戦争( 1 )

右でも左でもなく

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 「落ち込み」のテーマとはまったく関係ないが、去る8月16日に靖国神社の軍事博物館「遊就館」に行って来た。
 べつにナショナルな心情で足を運んだのではなく、単に自衛官の友人に誘われてついていっただけで、半分博物館巡りの気分だった。あとちょっと趣味的な興味もあった。

 あの九段の地には独特な雰囲気がある。皇居に隣接し、またすぐ裏に朝鮮総聯の本部らしき建物があって、多数の目つきの鋭い警察官がうろうろしていた。いろんな意味で「濃い」場所だと感じさせられた。

 和洋折衷のふしぎな雰囲気を持つ昭和初期の建築に、最新の「平成館」が併設されていて、そこがこぎれいだが無味無臭な感じの入り口となっている。平日だがお盆とあって来訪者がとても多い。意外にも老若男女、子供連れ、カップル、いろんな雰囲気の人が訪れている。また独りで訪れて展示に見入っている寂しげな老人が多いのが印象的だった。

 入ってまず眼に飛び込むのが、展示の目玉、『零戦』の実機だ。イメージしていたより実物は大きく力強く感じる。その空力的な洗練を究めたフォルムは端的に美しいと感じさせられる。
 ちなみに展示は後期の「五二型」という改良型だが、赫々たる性能を発揮し空を制覇した初期型とは対照的に、満足な性能向上を遂げられず、発達を重ねる米英機に敵することができないまま、多くが特攻機に用いられたという、悲しい歴史の“証人”だ。NHKの特集番組『欠陥機・零戦』を見てご存知の方も多いと思う。

 展示はもっぱらさきの戦争以前の日本近代史を軍事的に回顧する内容に終始している。
 まず明治維新以来の歴史を、列強の脅威への対抗、そしてそのための必然的なアジアへの進出、という文脈で紹介したパネル展示をくぐり抜ける。そのひとつひとつを見ていくと、自分が知らない事はとても多いのだと思わされる。ぼくらが学んだ学校の日本史がだいたいすっとばしている部分だ。
 公平にいって、そこには戦争そのものを批判的に見るという視点、そして自他に多くの災厄をもたらしたという反省の視点が欠けている。そのようにいろいろ批判すべきところは多いに違いないが、しかし展示が主張する「我が国の物語」には、正直心情的に感じさせられるものがあった。あくまで心情的に、だが。

 特別展示は「日露戦争」だった。全然意識していなかったが、今年は日露戦争百周年に当たるのだ。その胸のすくような勝利(実際には数々の苦闘があったという)には、遠慮のない賞賛が送られている。威勢のいい記録映画のナレーション。紹介されている軍人たちの顔が凛々しく見えてくる。
 むろんこうした戦争観は一面的であり、そういう意味でいえば独善的なものには違いない。ぼくらは戦後民主主義的ないしマルクス主義的な歴史観を教わってなんとなく自分のものにしているので、こうした愛国史観をクールに批判的に(それも考えてみれば一面的なものの見方であることには変わりない)見るように条件付けられている。それはそれで必要な反省の視点だ。
 しかし、同時代の物品の数々を見て、少なくとも当時の国民感情がこの戦争に「本気」であったこと、そして戦勝を実にすなおに誇ったことがうかがえた。それはすぐに優越感-傲慢に結びつくような危険な心情でもあったわけだが。展示は、その感情を自分たちのものとして共感的に理解しようとつとめている、ということは言えるだろう。だから見ているぼくらの心情のある部分を揺さぶるのだと思う。

 そこから先、銃弾の穴のあいた軍服、実際に使用されていた武器、家族に宛てた兵士の最後の手紙、歴代の天皇の思い出の品々、特攻隊の遺品、等々の展示が続く。みんな興味津々といった感じで眺めている。涙を流しているらしい中年女性もいた。茶髪の兄さんも多い。老いも若きもごく普通の人たちに見える。

 最後に大きい吹き抜けの部屋に出るのだが、そこにはさきの大戦で使用された兵器の実物と模型が展示されている。なかでもひときわ目を引くのが、多数が特攻に用いられた艦爆『彗星』と人間魚雷『回天』、そして特攻兵器『桜花』の実物だ。
 そして南方の島々から帰ってきた遺品がショーケースに並べられている。そのなかに穴の開いた錆びたヘルメットがあったりする。これをかぶっていた兵士は確実に死んだだろう。

 遊就館の展示は、近代の歴史を誇らしい国民の物語として主張するという、その目的にそって効果的に演出していると思ったが、しかし最後はやはりここに至ってしまうのだ。
 立派な若者たちの、文字通り命をかけた出撃。心情的には想像しがたいけれども、特攻とその死がある種崇高に感じられるのは確かだ。しかし事実は、そのほとんどが有効な戦果を挙げることができなかった。
 『桜花』の寸づまりで一見ユーモラスな外観が悲しく見える。米軍はこの必死の兵器に「BAKA」というコードネームをつけたという。

 特攻に代表される、歴史を回顧する今の目からはほとんど無意味に思われる無数の死。
 「右」の象徴・靖国も、それらの死を称揚し賛美し祀り上げてはいるが、自分たちに直接つながる者たちの死として、意味づけ消化することができてはいないのだと思われた。

 あの戦争、さらにはそれにつながる日本の近代を、罪悪と汚辱にまみれた歴史だと断罪する、いわゆる左の進歩主義史観と、遊就館の熱い「物語」に代表される右の愛国史観、そのどちらもが自分の正義を主張して他方を虚偽だと非難しあっているのが現状のようだ。その狭間、理性と心情、自己非難と傲慢の間に、ぼくら国民の心は取り残されているように見える。

 しかし必要なのは、近代の歴史と戦争を、あたかも他人の悪事であるかのように非難することではないはずだ。それを声高に喜々としてやっている人たちは、自分が何のために過去を非難しているのか言えるのだろうか。 「悪事」を暴露し非難する自分が「いい人」になりたいからではないか。
 また自己愛的・無批判に歴史を賛美することでももちろんない。それはぼくらの国民的な心情を揺さぶるけれども、複数の視点に配慮する理性の批判には到底耐えられないものだ。

 そうではなく、少なくとも日本近代の歴史がああでなかったら、いま私たちの生きている日本社会は間違いなくこういうかたちでは存在していないし、さきの悲惨な戦争がなかったら、ぼくらひとりひとりが日本人としてこうして生まれ生きていることはありえなかった、という単純な事実から出発しなければならないのではないだろうか。
 あの戦争がなければ私はここにいないのだ。
 それは論証以前の事実のはずだ。つまりどう捉えるにせよ、好むと好まざるとに関わらず、あの時代の歴史と戦争は、ぼくらが個人として集団としてかく存在することの、準備であり条件だったのだ。

 そこには当然ながら光もあれば影もある。そのひとつひとつを、より高い視点から、「私と私たちの物語」として捉え直すこと、つまり自分のアイデンティティとして心に取り戻すことこそが、歴史を学ぶということの意義だと思う。ぼくらの学んできた唯物主義的「モノだけ」のフラットな歴史観は、いかにそこから遠かったことだろう。

 出口からすぐのところに靖国神社の裏口があり、そこに意味ありげに黒塗りのベンツが停まっていた。高位と見える神主さんが来客を見送っているところだ。印象的な四角い顔の来客、あ、あれは、いま政界を騒がしている亀井さんではないか。間違いない。
 どんな表情をしているのか見てやろうと思ったが、後席の窓は真っ黒で何も見えず、黒塗りベンツは高速で走り去っていった。
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by type1974 | 2005-08-21 20:52 | 戦争