しきり直し

 ここのところ、落ち込むことはあるのだけど、わりとすぐに思った通り回復できて、問題ではなくなってしまっている。そういう気持ちが持続しなくなっていて、逆に毎日わりと楽しい。
もちろんまだまだで、いろいろ課題はあるのだけれども。

 しかしこういうブログを立ち上げてみて、落ち込みということが実感的にあまりわからなくなってきている、というのはちょっと困りものだ。

 これほど変わるというのは、当時からすると驚きであるはずなんだけど、日常何となくやっていけていると、これがあたりまえじゃん、みたいな気持ちになってしまう。
いかんいかん! 当時のことを思い出せ。それが君の大きな原動力のはずだ。

 あのころを思い返すと、なぜか夜の場面になってしまう。ようやっと学校と家を往復している感じだったが、人間関係は家族以外にほぼないし、授業はじつに砂をかむような感じがしたし、辛いというのともちょっと違って、何か現実感が希薄だった。オウム事件で世の中が騒いでいるのが妙に印象的だった。

 あと大学ってみんな楽しそうにサークルとかいろいろやってるから(後で聞いてみると、多くはそんなに楽んでいないことがわかってちょっと驚きだった)、そういう中に一人で居るというのはなかなかきびしいものがあった。こんな自分はダメなのだ、将来やっていけない、なんてぐるぐる考えていたような気がする。時間はいくらでもあったはずなのに、ほとんど具体的なことが思い出せない。

 だから学生の頃、何より知りたかったのは、どう自分の心を扱ったらいいのかということ。 そしてその方法がしっかりあることが、最近になってようやくわかったのがとてもうれしい。
 いま学生の頃の自分がいたら、そんなぐじゅぐじゅ落ち込んでないで、こういう方法があるんだからしっかりせい! っていってやりたい。いや、それじゃ落ち込んでいた自分は聞かなかっただろうか。

 専門の科目に興味がわかず、関係のない臨床心理の授業なんかによく出ていたけれども、満員御礼だったのがすこし驚きだった。心理学でも、他の社会心理なんかはガラガラだったのに。やっぱり同じような動機を抱えた人が多かったのだろうか。
 しかし学問的な内容は、自分の落ち込みに理論的な裏付けをあてはめるだけのようで、実際の改善にはまったく役に立たなかった。問題に説明が与えられて、それで安心するというところはあったけれども。

 そういうわけで落ち込み改善のためいろいろな本を読んだが、逆に落ち込んでしまうような情報が多かった。

 心理学の本でいえばつぎのようなもの。あなたの性格の問題は幼少期のトラウマにある、両親のまちがった育て方にある、生まれつきの遺伝のせいだ、環境の刺激から来るストレス反応だ、脳内物質の分泌の異常だ、いや、そもそも人間は無意識の深いところにどうしようもない暗いものを抱えているんだ、と。ようするに「あなたの性格はどうにもなりません」「変えるのは非常に困難だ(ということは事実上ムリ)」というようなのが、たぶん今でも多いのではないか? まるで、人間は心理的に健康なのがむしろおかしい、みたいな気になってくるというものだ。

 またちょっと軽い思想的な本でいうと、「落ち込んでいるまま、マイナスをかかえたままでいいんだ。それが人間の真実だ。みんなそれぞれ違っていいんだ、それが個性だ」というようなもの。落ち込みが個性? 本気で言っているのか? そう書いているあなたは本当に落ち込んだことがあるのか。
 性格は変わりっこない、あなたは自分の心をどうすることもできない、流されるまま、ただ終わりなき日常をまったりと生きろ、なんて言っていたのは誰だったか。
 いまこうして考えてみると、そういう言説が、語っている人の狭い専門分野の知識と、個人的なニヒルな人間観から出た、たんなる「結局こういうことにすぎないんだ」という読み込みであることがわかる。
 だいたいそうした思想的な「読み込み」は、心理学的な理論も方法も踏まえていない。人の内面に決定的に疎い、ということだと思う。

 大切なことは、卒業後に数冊の本から学んだ。人間の心はいろいろ複雑だけれども、われわれが自分の心を扱うということにおいては、つまり心の取説、マニュアルとしての方法は、ひじょうにシンプルといっていいらしい。

 たくさん読んでどれが正しいんだかわからない、というふうになるよりは、この一冊、と決めて腰を据えた方がよいようで、今もトレーニングを実行中。そのことをお伝えできればと思う。
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by type1974 | 2005-08-13 20:41
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